(きーすとーん71号より抜粋)
大人の遠足「夏の編」報告
  時空が交錯する街…西創成ラビリンス
 札幌建築鑑賞会の人気イベント、大人の遠足− 2015年“夏の編”は、かつての「札幌本府」と「山鼻屯田兵村」の境目に位置する 西創成地区を探訪しました。 さまざまな時代の建物が混在し、通りや地割に古い記憶が残る界隈は、まさしく時空の迷路。 二時間半の行程を、計78名が楽しみました。 ※7月3日・4日のほか 定員をはるかに超える申込者に対応すべく7月10日にも追加実施しました。

札幌で最少のギャラリーは
旧鶴岡学園の袖壁の一部
▼集合場所に向かう角で「あの建物、素敵ね」と家内が指差す方を見やれば、フランスの下町風の建物が目に入った。 「たしか栄養学校だったはず…」と記憶を辿り近寄れば、かつての黒褐色の木造建築は当時の下見板張り、上げ下げ窓、札幌軟石の煙突をそのままに、ベージュ色に塗装され、時計まであしらった粋な建物に変身し、パン屋、レストラン、美容室、日本一小さい札幌軟石のギャラリーなどが洒落た看板を出していた。 「あら、ここだったの! このお店のパン、とても美味しいって聞いてたわ」と、偶然の発見に家内は大喜び。これぞ「古きを訪ねて 新しきを知る」だ。 早速買って、遠足の隊列に加わった。
 いよいよ出発進行。 まずは年季入りの靴屋さん、古本カフェ、建物疎開(こんな時代が札幌にもあったのだ!)で拡張された道路、かつての川だろうか クランクする小路、解体されたお屋敷、荘厳にして鷹揚な雰囲気のお寺等々、街の変遷を辿りながら聞くお話に興味は尽きず、新しい発見がある。
 隊列は西創成のラビリンスを巡り、終点の旧鎌田質店に到着。 木立の影にひっそりと、建築事務所兼喫茶店に利用されている 古い質店の黒光りする柱と 壁一面の書架に並ぶモダンな装丁の建築関係の書籍は、ジャズが低く流れる空間に新鮮なコントラストを醸している。 「裏もどうぞ」とご主人に案内され回ってみると、レンガ造りの蔵の横に今ではほとんど見かけない木製の電柱
が現役で頑張っていた。 心地よい疲れをコーヒーと出発時に買ったパンで寛がせながら、古い建物の再生利用者に心からのエールを送った。〈S氏〉

統合前の4校の歴史資料を展示する
資生館小学校のメモリアルホール
昭和初期築の製粉会社の事務所は
和洋が入り混じる外観が興味深い…
▼私が道北の田舎町の小学6年生のとき、札幌に住んでいた従姉が 小学校に入学したばかりの息子を連れて遊びにきた。兄貴風を吹かせて「どこの小学校?」と聞くと、彼は元気よく「中央創成小学校!」と答えた。 学校には町や集落の名前が付くのが常識だった私は内心びっくりしたが、平静を装った。 今回の最初の見学先「資生館小学校」でそのことを思い出し、町の名前を冠さない学校名に慣れる最初の転換点だったと認識した。
 古い木造の商店なども子供の頃は毎日見ていたはずなのに、いつの間にかスーパーやコンビニ、ショッピングモールなどが当たり前の光景になってしまった。 「当たり前と感じる(慣らされた?)転換点はいつの頃だったのかな」と考えさせられる、意義ある見学会だった。〈K氏〉

▼札幌市民でありながら、あまり訪れたことのない西創成地区でしたが、非常に面白い遠足でした。とくに“トマソン”という概念を今回初めて知り、個人的にもこのような物件を探してみようと思いました。 “クランク”も興味深かったです。『ブラタモリ』という番組を 実際に自分が体感している気分でした。 また「Kaku imagination」や「たべるとくらしの研究所」は、
かつての面影を残しながら うまく現代に溶けこんで、独特な良い雰囲気を出しているなぁと感心しました。実家に帰ったとき、両親に今回いただいた資料を見せると、「昔、ここに行ったことがある!」と盛り上がったり、リノベーションされたようすに「へぇ〜、なるほど」というリアクションがあったり…。消えていく建物、変化していく建物に、諸行無常を感じざるをえない瞬間でした。〈T氏〉

▼さすがに街の中だと、初めて見た! というような珍しい物件は無いものの、佐藤ビル(南4西7)のように姿を消す瞬間を目撃してしまうなどの衝撃的現場がいくつかあり、建物の、街の、いたしかたない生まれ変わりを感じました。この風景も、もしかすると次の日には変わるかもしれない、そう思いながら、何度も同じ道を歩くことも必要だなと…。〈O氏〉

▼ 遠足で とくに心に残ったものの筆頭は、東本願寺札幌別院が江戸時代創建、越後光圓寺の旧本堂を移築した希少なものであること。 道内に安政の名を刻む開拓地の碑は目にしても、建物ではあまり記憶にない。 のちに建立された本堂の荘厳な趣と その美しさにも打たれた。
トマソン物件なるもの、言葉の意味自体よく理解できずにいたが、傍らの女性の「分からなかったら調べる」という姿勢に私淑し ネットで検索。 夥しい写真を一通り眺めて ようやく納得した。 無用の長物に価値を見出し、ユーモアのなかに命吹き込めて ひとつの芸術とした発想が面白い。
 西洋的な花房が空高く伸びる枝先に塊って咲き、きれいな縞を木肌に描く アメリカキササゲにも、しばし心奪われた。 正式名をカタルパというこの樹木は、かの新島襄がアメリカから種子を持ち帰り、徳富蘆花に送ったのが日本での始まりと知って驚く。 では、何故ここ札幌にあるのか。 新島襄は八重夫人とともにこの地を踏み、療養のため ひととき滞在していたことは つとに知られる。 浅からぬ縁があるのだろうか。 夢ある想像がはたらくのも、今回の遠足の楽しさとなった。〈N氏〉

※掲載の感想文は、紙面の都合上、原文から一部抜粋および要約させていただいた箇所などがあります。 ご了承ください。
※今回のおもな見学ポイント = 資生館小学校、Kaku imagination、しゃみ靴店、bistecca 肉 bal+36、Lakura 分室、南5西9のクランク、札幌祖霊神社、ミトキ通り、三剣製粉所、東本願寺札幌別院、札幌本府と山鼻屯田兵村の境界、屯田坂、M宅、南8西11のトマソン物件、K宅、たべるとくらしの研究所、れんがギャラリー&カフェ 旧鎌田志ちや ほか。
 

 

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